以前いただいた百合の花を真夜中に撮った写真があった。
見ただけで香りを感じる。
息遣いまで聞こえそうなほどに、夜に百合は香気を吐く。
眠っている私の枕元まで、鋭い香気が忍び寄ってきていること、真夜中に気づいた。
近づいて灯りをつけてみると、暗闇からはねあがるように明るみに出てきた百合の花が、長い口角を上げてニタリと笑っていた。いま私に笑いかけたというより、暗闇ですでに一人で笑っていた感じ。
真夜中にみると、百合は少し怖い。
思い出の一人旅のホテルのロビーや廊下で出会った百合の花も、同じように笑っていたのを思い出す。
ラッフルズ。
パリのリッツ。
香港のペニンシュラ。
オリエンタルバンコクのオーサーズラウンジ。
ウィーンのインペリアル。台湾のラ・ルー。
頭の芯に痛みを伴う強い香気と、薄暗がりが溶け合って、粘りけのある闇を方々に澱ませている共通の記憶。
百合は海馬に痛みの信号を送り、何かを思い出せ、思い出せと思考をなぶる。
カサブランカ。
白いブーケ。
ブートニア。
見送りの花。
枕花。
献花。
匂いで頭に痛いのか、記憶が痛いのか。