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贅沢な小春日

五島美術館に”ちょい”とだけ行きました。
展示が和歌集の書なので、素養のない私には鑑賞力不足!それでも「触れていたい」と思わせるのだから「文字」は不思議な魔力を持っている。ミロやピカソの絵を見る時のようなまっさらな気持ちでその「形」を眺め、力の入り具合や墨の擦れ方で書いた人の「その時の気持ち」など想像して楽しみました。
会期後半だからか、もの凄い人ごみでした。1時間で早々に展示場を出て、庭園を少し歩きました。
風もない穏やか~な日。人は少なく、落葉は多し。
ほどよく温まっていそうな石灯籠の上で昼寝する猫。アーユルヴェーダ中の美女を思わせる恍惚の目と伸びやかな肢体に、こちらも思わず伸びをしました。
向こうには、芝生と青空を縦に繋いで、すっくりと立ち上がった姿勢のよい銀杏の黄葉。
全てが穏やかな静寂と豊かな光で私たち二人を包んでいました。
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青年部の部長のバトンを私に渡してくれた元木さんと二人、うららかな小春のひと時を五島の庭園で過ごせるなんて・・・部長職が始まった当初はもとより、春・夏・秋と行事を駆け抜ける日々には想像もできなかった「真」の贅沢です。
それを「充実」と呼ぶには目まぐるしすぎ、解釈も自己反省も消化不良なこの一年間でした。その「青い時」に常に付き合ってくれて、影となって日向となって、縁の下に潜ったり、矢面に飛び出していったりして、今日まで「ひよこ」を助けてくれた元木さん。
その優しさはきっと、経験者のみが持つゆとり・・・。ああ、先達はあらま欲しきかな。
「率直に、はっきりと、温かく伝える」そんな彼女の性格が、今日の「小春日和」と重なって、多摩川の向こうに走る飛行機雲がなぜかとってもいとおしく感じたのでした。
by soukou-suzuki | 2005-11-30 00:38 | Hikari NOW!

日台交流サロン

少し前(9月30日(金)のこと)に、新宿の『日台交流サロン』(新宿区新宿1-3-12 壱丁目参番館8階)にお邪魔する機会を得ました。
親日派で知られる文化人、金美齢さん・周英明さんご夫婦が、日本と台湾の交流の一助にと、ご自宅だった部屋を事務所兼サロンとして開放しているのがここです。
お二人と交流の深い椿氏の計らいで、7月に行われた裏千家のサマーコンファレンス(7月の記事を参照)の同窓会を、日台交流サロンで開いてくださったのでした。

友人知人との交流も勿論楽しかったのですが、ここでのご馳走はご馳走とロケーション。
お抱え料理人お二人による、ヘルシーで温かい台湾家庭料理は絶品でした。私の好きな「まこもたけ」の炒めものが出てきたことも特筆。
(まこもちゃん、もっと日本でも食べればいいのに・・・※まこもたけ→「まこも」というイネ科の水生植物に黒穂菌という食用菌がつき茎が肥大したもので、実は竹の子の類ではない(!?)食感や調理した姿などが竹の子と似ているので「まこもたけ」という)
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他もお家に招かれているようなリラックス且つお腹満足のお料理、「リラ満」料理でした。
私は台湾を一度しか訪れたことがないのですが、ホテル『ザ・ラルー』(日月湖)や、焼き物の町『イングー』など、いつかブログ記事にしたいお気に入りの場所があります。
この部屋の外が、それらの空間へ身近に繋がっている気がするのでした。

ロケーションについて書きます。
お部屋は新宿御苑を眼下に、右手には新宿高層ビル群が昼光色のクールな夜景を見せるリッチな景観です。着いてしばらくは、バルコニーから「ぽけら~」と夜風に吹かれていました。ちょうど部屋の直下にある路面のカフェが秋燈(と呼びたくなるメロウな灯りを)を灯していて、そのあたりの景色をぼんやり滲ませながら私の足元まで届けていました。
パークフロントといえば公園都市のブエノスアイレスが見事なまでのパーク・ビューな住宅街です。
私がブエノスアイレスの超高級お屋敷街(ほとんどユダヤ人オーナー)をそぞろ歩きしたのは確か、ジャカランダの紫色の花が広~い歩道に一面に散り敷く”惜春”の頃でした。ジャカランダ(ハカランダ)は南半球の”桜”的存在の木です。花吹雪も花の絨毯も濃い紫で、私の南米の原風景です。
ああ、このサロンも、桜の時期は至福の空間なのでしょうね。
桜に限らず、新緑滴る頃はニューヨークの高層ホテルから見下ろすセントラル・パークとビル群のように清々しているに違いありません。
どんな季節でも、どんな時間帯でも、きっとこのリビングからサンルーム、サンルームからバルコニー、バルコニーから天空へと、徐々に広がる造りが心を解き放ってくれるに違いありません。別の季節や時間帯にも是非訪れてみたい空間で、建物がゴージャス系というより、ロケーションとの調和が心地よいマンションでした。

周英明氏と少しお話させていただきましたが、実はお仕事を通じて少~しだけ繋がっていたことを知りました。何にでも「縁(えにし)」を見出すことは楽しいことです。
また訪れる機会がありますように。
↓サロンとサロンからの夜景

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by soukou-suzuki | 2005-11-28 00:58 | Hikari NOW!

増上寺晴天

11月13日(日)、今年一番の秋晴れの日になりました。
その日は私にとっては、茶道裏千家淡交会青年部の関東第一ブロックによる、『キャピタル青年部東京大茶会 -あなたの心に残るエピソードⅠ-』と称した茶会の当日で、何ヶ月も前から晴れることを祈ってきた日なだけに、朝の青空を見ただけでとっても幸せな気分になりました。
場所は港区芝の増上寺。浄土宗総本山で徳川家菩提寺でもある増上寺は、悲劇の皇女和宮様ゆかりの貞恭庵(茶室)が残されています。程よく寂びて都心であることを忘れさせる空間です。
会館内の香摂殿という108畳敷の大広間には、日本画の画伯が競い合って描いた百花の天井絵がそれは見事に咲き誇っています。(会館で常時絵葉書を販売しています)
堂々とした大殿の地下に、大きなホールがあることも初めて知りました。オブジェ風の扉を押して間接照明だけの地下ホールに入ると、自然に厳粛な気分になるので「祈りの空間」と呼ぶに相応しい雰囲気をもっています。
このように幾つもの顔を持つ増上寺ですが、私は地下ホールでの薄茶席に詰めていました。
宙(そら)をキーワードに「光と影」による演出を試みた設えですが、「男性の美しさ」が影のテーマでしたので私はもっぱら裏方。元来「働きのない」私は、そこで過ごしていただけ・・・というのが正直なところです。それでもそこで見聞きしたことは原風景となって、今後の勉強の意欲を掻き立ててくれるはず。
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半年間の茶会準備に芽生えて渦巻いた、期待、イマジネーション、プレッシャー、友情、忍耐、工夫、労力、すれ違い、軋轢、事故・・・それらを全て吸い込んで清々と抜けきったこの日の青空に、(十五歳じゃなくても)思い切り心を吸われました。
この日に立ち会ってくださった方、この日まで支えてくださった方、この日があったから知り合えた方・・・皆さま本当にありがとうございました。
(あまりに疲れてご報告記事の掲載が遅れました^^;←最後に本音ぽろり)

↓東京タワーをいただく増上寺大殿 & MOSTかわいい差し入れ

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by soukou-suzuki | 2005-11-25 00:52 | Hikari NOW!

人の瞳の中に

月刊誌『朝日俳句』の12月号の61ページに、小澤實さんが若手俳人特集の講評を書かれていらして、その中で私の一句を取り上げてくださいました。
私が所属する俳句結社『風の道』の副主宰、大高霧海氏が気付いて、わざわざご連絡をくださって初めて書店にいきました。
それは、メキシコ縦断中の砂漠の景色から詠んだ句でした。

仙人掌(サボテン)の針先に凝る夜露かな ひかり

この旅をしていた頃はまだ俳句のはの字もしていなかったので、すべて帰国後に記憶を辿っての作句でした。今は逆に、句を読むと旅の記憶が一気に天然色で私を取り巻きます。
あれが初めての一人旅だったからか、景色の本当に細かいところまで見ていた気がします。
この句の景色はまだ旅の始めで、スペイン語も全く理解できず、会話する相手も見つけられずにいた頃でした。
幸せなことに、それまで人の目を見つめずに数日間を過ごしたことがない人生だったのでしょうね。
この句を見ると、焦点を合わせて何かを凝視したかったあの時の気持ちがよみがえります。
メキシコ縦断中、最初は雄大な景色に感動していました。岩山、夕陽、真っすぐな道、砂漠、銀河・・・、しかし日本を出て以来、大きな遠いものばかり見ているうちに、みるみる気持ちが空っぽになっていく感じがしました。それは望んでいた『快感』のはずだったのに簡単に頂点に達し、後には深くて冷たい泉に浸かっているような危機感のない不安(それを孤独というのかしら?)が襲ってきていました。
長距離バスは車内が暗く涼しく、それでそんな泉のイメージになったのかも知れません。
ドライブイン・レストランの駐車場に降り立った時の眩しい陽射しでぎゅんと痛くなる瞼裏や、太陽の下ではしゃぐ子供たちの交じりあう歓声、走りまわる小さな影の不規則なリズムなにかが、今もリアルに脳裏に再現します。
地平線を見遥かす広大な空間にあって居場所がない自分に、せめてサボテンの針の先ほどの居場所があったら・・・。
見つめる、視線を固定するという行為は、自分が定まりたいという気持ちの表れかも知れません。
そして自分でも意外ですが、私は誰かの瞳の中に自分の居場所を見つけたい人なのかも知れません。
by soukou-suzuki | 2005-11-23 02:46

デリは自宅

最近しばらく、首の痛みを和らげるための鎮痛剤を服用するため、お夕食をきちんと取る必要がありました。夏の終わりから秋にかけて夜の打ち合せが多く、かなり食生活が貧しかったことも凝りや筋肉疲労の遠因と諭されました。急に冷え込んできたので温かいものが心身の癒しにもなり、シチューや煮込み料理を見ると、急にマッチ売りの少女になって『うわぁ~』と宝石を見た時のように気分が昂揚します。
それで少しはまっているのが、地元用賀にあるイーチーズと言うカフェ&デリ。イートインの席が静かで落ち着くので、自宅まであと徒歩3分なのに食べて行ってしまいます。持ちかえって寛ぎながらの食事もいいけど、お店で食べていけば洗い物も不燃ゴミも出ないので、実はエコ。
おかず4種とご飯にお味噌汁かドリンクで780のセットメニューだと、軽く30品目は取れるのです。
デリは定番メニューもあるけど、必ず旬の食材を使った惣菜が数種は出ているので、自然を感じる食卓になるのが嬉しいですね。
味は濃すぎず薄すぎずで今の自分に合うみたいです。
場所は東口から右へ真っすぐ進み、珈琲譚(かぴたん)と言う喫茶店を右折して20メートルくらいです。
ちなみにデリの隣はキャセロールと言うカレーやハンバーグで有名な洋食屋さんですが、私はサラダとドレッシングに感激しました。こちらは週末などに夫婦で利用します。

このデリで、食後に温かいプーアール茶を飲みながら、携帯メールを返したりブログを書いたりと30分程過ごすことが増えました。
なぜ落ち着くのかな?
なぜ自宅感覚なのかな?
と今日は観察してみました。ナチュラルブラウンのテーブルに白い皮張りチェア・・・普通です。食卓のティーキャンドルの柔らかに揺れる炎・・・癒し系だけど珍しくない。
結局、他店との有り難い違いはただひたすら『静か』なだけなんですよね。
音楽は押し付けがましくないし、セルフサービスだから不機嫌な店員にこちらが苛立つ必要もなし。お客は仕事帰りの一人客のOLばかりで、愚痴や噂話も聞こえてこない。
気付けば自分がとっても自然なワン・オブ・ゼムでした。
私以外は一人暮らしなんだろうけど(;^_^A
実は私、一人暮らしの経験なしでして、こういう雰囲気はもっぱら一人で行く旅先でのこと。なぁんだ、旅気分だから心地良いのか。単純!
では旅先のように人間ウォッチング開始。

私の正面に、後ろ向きに席を取ったお姉さまは、革のジャケットを椅子の背に掛けてから、細い黒いパンツ姿で腕組みしながらおかずを選び、大きなお財布でレジを済ますと、明るい茶色の波打つ髪を左手でざっくり掴んで左肩に乗せてから、お箸のお尻の方~を持って食べはじめた。視界に誰も入らないように背を向けて席を取るあたり、一人を邪魔されたくない様子。

右奥は私よりちょい若OL。私と同じおかず4種のセットメニューながら、トレイの脇にはモルツのビンがすっくり立っている。(へぇ、ここ飲めるんだ!)右手に箸、左手には小説。ビールを注ぎ足す時は、左手はそのままで右手の箸とビンを持ち替える。レンズ幅もフレームも細い眼鏡。細くて白い顔。メイクはしているけどたぶんチークはしてない。髪は黒いストレートで長く、一つにひっつめている。白いタートルのスリムなセーターに黒いウールのタイトスカート、タイツに柔らかそうなローファーを履いている。ハーフコートは白い薄いダウン。いかにもリラックスを好む感じが滲み出ている。彼女も一人を楽しんでいる。視界に誰かが居ても、見えてないみたい。カメラで撮ったらみな自宅の風景だと思うだろう。
つまりここは、予め暖房の効いた、洗い物・ゴミ出し不要の自宅なのね。
店員さんもナチュラル。地声での接客はべたべたしなくてよい。

うん、なかなかよい。
旅先だったら明日も安心してここへ来るのだろうな。

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by soukou-suzuki | 2005-11-23 00:52 | Hikari NOW!

焼き栗療法

会議から戻るとデスクの上に、金散らしの和紙に包まれた小さな包みがありました。飛脚マークの会社が寒空の中届けてくれたその中身は、お知り合いからの『焼き栗』の贈り物でした。
乱舞(心象)。焼き栗は私の大好物なのです!(なぜそれを知られたのかは疑問?!偶然か。)
天津甘栗も長年私の幸せを支えてくれたけど、近ごろやっと世間さまも栗の本当の美味しさに気付いたのか、デパ地下でも路面店でも高級な雰囲気を漂わせた、ダイヤで言えば100カラット級の大粒焼き栗が入手可能になってきました。素晴らしい風潮。ロンドンに遅れること何百年。そう、栗は天津甘栗に限らず美味しい。
しかしさすがに珠玉、お値段も張るし、第一私は袋に栗を残した状態では、栗が淋しい思いをしてやしないかと気になって気になって、何一つ他のことをできない人なので、栗好きの人と会う手土産とか、家族で長く電車に乗って暇を持て余すだろうとか、何か大義名分がないと買う前に心のブレーキをかけてしまうのです。ま、あるだけ食べちゃうから太るのが恐いってだけのことですけど(;^_^A)

さすがに栗を剥き剥きしながらこたつモードな仕事をするほど偉くないし、(私ほどでないにしろ)栗をおいしいと思う人の方が多いだろうから近隣の方と分け合い、別の意味の美味しさを追求しました。私は二粒、合計200カラットを愛で食しました。
神々しく輝かしく美味しかったとこは言うまでもありません。
ウニといい栗といい、『美味しいものにはイガがある!』のね。
なぜこれが格言になってないのかしら?(あ、呆れられている感じがする・・・)

いただいた焼き栗は奥沢のお店のものようで、袋には丹沢栗とありました。
『そうかお前様は丹沢のご出身でいらっしゃいましたか。いや立派ななりでいらっしゃる、おみそれしやした!なぁに、あっしは江戸のケチな野郎ですよ・・お前様のような立派なイガもねぇ。焼いたって微妙な渋さも甘みも出やしねえや!』
などと栗の福々しい笑顔と無言の対話をする至福のひととき。
家族はこの時の私の不気味な薄ら笑いを知っているが、職場では気付かれなかった様子。辺りを見回して少し安心する。
これ以上書くと、お裾分けされた方が、私に言われなき借金でもさせられた気分になりそうだから止めておきます。

栗を贈ってくださったSさん、しばし首の痛みを忘れる喜びをサプライズとともにありがとうございました!)^o^(
by soukou-suzuki | 2005-11-22 22:45

首の治療に新たに「鍼」を加えました。母の紹介で一緒に行って参りました。
実は鍼そのものがわたしは初体験でした。どきどきしましたが、ほんにチクチク、・・・後は「すやすや・・・」でした。リハビリでも電気を送るのですが、患部に刺した鍼に電気を流すので、より局部に響いている気がしました。
田園調布駅から徒歩の、田園治療キャナルというところです。中曽根元首相など著名人が通っている様子が待合室の写真でわかりました。
費用は初診料を入れると結構「お高い」と感じましたが、その日は鎮痛剤を飲まずにすみました。
帰りに田園調布駅の上のセレクトショップで、ルームシューズを購入しました。
自宅の床が石器質のタイルなので、ふわふわの素材でちょいヒールのあるサンダルを探していたのですが、丁度よいものが目に入ってしまったのでした。
お財布の中が寂しかったのでカードで買いましたが、すっかりおろしに行くのを忘れ、今朝は整形外科のリハビリ代金¥370が(!)お財布に入っていないことに気づき、「ツケ」にしていただきました。恥ずかしい・・・。
地元用賀の「おきつ整形外科」も懐の深い・・・とは大げさですが、おやさしい病院です(T_T)
毎朝8:00に、開門と同時に診察券を出すために一緒に並ぶお爺さんお婆さんが、見慣れた顔に見えてきたのか・・・同じに見えるだけなのか、まだちょっとよく解らない私です。。。

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by soukou-suzuki | 2005-11-22 00:16 | Hikari NOW!

忘年会

最初の忘年会

今年最初の忘年会として、茶道の仲間(世田谷青山・白雲青年部)と桜新町のラ・ピアンタ(イタリアン)で食事会をした。
地区会館での役員会に引き続き、会員全員にお声かけした忘年会は20名を超える仲間が集まった。
休会中の仲間からのワインの差し入れ(ボジョレー)も、季節感ある嬉しいサプライズとなった。
直前にお声かけしたにも関わらず、当日、高幡不動で茶会のあった幹事長の大先生もお出ましくださり予想以上に盛り上がった。「盛り上がり」はそのまま「居座り」となって、5:30に入店してから22:00の退出まで、なんと4時間半も店を占領してしまった・・・。(懐の深い良いお店と感謝感激^^;)
ラ・ピアンタの奥には、広々座って25名くらい入れる個室があり、テラスに面した気持ちよい場所なので、家族や親戚もよく同窓会などに利用している。
そぞろ歩きで駅へ着いてからもなんだか名残惜しく、結局近くのロイヤルホストでさらに1時間半、酔っ払ったままで終電までお喋りした。(私は徒歩で帰れるので、駅までお見送りのつもりだった・・・)
20代~40代まで、仕事も過程も茶歴もまちまちなのに、親戚か同窓生のような親しみを感じるのは、折に触れて同じ釜のお湯を飲んでいる仲間だからでしょうか。
私生活や仕事の悩み、誰の何を話題していても、『人間ってこうだよね』という真理を探しあっているから、結局は自分の話をしているような気分になる。楽しいお喋りって、こういうものだと思う。
青年部は50歳までだけど、人間関係はずっと更新してよい仕組みだから、来年も沢山の行事を通じてもっと仲間が増えていけば楽しい。
今年最初の忘年会は大成功。さて、あと幾つあったっけ。。。
幾つあっても「一期一会」、大切に味わいたいものです。

↓深夜に帰っても明るく迎えてくれるマンション・ロビーのグリーン(お気に)
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by soukou-suzuki | 2005-11-21 00:57 | Hikari NOW!

師走のメリーゴーランド

立冬も過ぎ、最低気温が都心でも10度を割るようになってきた。
毎日治療で会うドクターいわく、人間も自然の一部なのだと。だからお陽さまが短い冬場は活動も減らした方がよいのだよ、・・・と。
しかし日本に限らずとも、冬場の方がむしろ行事が立て込んでいて忙しいのではないでしょうか?
十二月と言う月が、普段は走らない偉い人(お坊さま)まで駆け出すと言う『師走』になってから、日本はすでに相当の歳月が経っている。

ところでなぜ、洋の東西問わず、一年はあんな寒い日から始まるのでしょうか?ご存じの方は教えてください。
太陽も月も繰り返し同じ動きをしているのだから、いつをスタートにしても差し支えないような気がしますけれど。
天文学が冬場に進化したとか?確かに北半球なら夜空が澄んで見やすそう。
昔、逆に冬場が暇だったから、あれやこれやと行事を創ったとか??
きっとそう。各国がそれぞれ冬場を楽しく昂揚感を持って過ごせるように創った行事が、輸出入を経てみんな残ってしまった気がする。
行事を飾るお支度もつきもの。クリスマスリースも松飾りも、冬籠もりの始めの手慰みだったはず。外へ出ればまだ材料が拾へて、『うわ~寒いっ!』と言いながら火の近くで手芸に勤しむ。視線は合わさず、手元を見つめながらぺちゃくちゎおしゃべりする。
楽しいから続いたのでしょう。
ああ、つまり冬眠に入る前の『夜更かし』みたいなものかしら。
すると冬眠前の『晩酌』が忘年会や納会?
はて、その後の冬眠はどこに行っちゃったの~?
人間は冬眠しないって?ごもっとも、でも冬眠まで行かなくても、『冬籠もり』さえ最近は死後になりつつある。
自然に逆らい冬に籠もらなくなったから、北窓を塞がなくなった代わりに、冬の余所行きを誂えたり、車はタイヤを履きかえたり余計に手間暇がかかる。
今じゃ年末は、日常の繁忙を遥かに超えた特別行事の目白押し。クリスマスはかつてオプションメニューだったが、今は行事を超えて、全仕事人の書き入れ時への共通課題。最近さらに天皇誕生日とジョイントしての一大消費加速装置に発展。
後一枚を残すのみとなった古暦(カレンダー)には、『これでもか!』と言うくらい升目ごとに予定が・・・。
それを一億の国民が障害物競争のごとく一斉に駆け抜ける。少し前まではその障害物競争に脱落者なしだったんだから日本人は律儀なだけじゃなく体力的にも凄い。
私はすでに『大掃除』『お歳暮』『クリスマス・カード』のハードルは倒しっぱなしにして飛ばないことにしているけれど、『年賀状』『美容室』『忘年会』をまたぐだけで十分息切れしてます。
世間全体が矢の如く走る。暦にあわせて一斉にジャンプなど織り交ぜながら・・・。
ようやくゴールかと思った『除夜の鐘』は、また次なる十二ヵ月のマラソンのスタートでもある。ファイナルラップの除夜の鐘。余韻に聞き入れば携帯メールが呻き出す。御来光を瞼に焼き付けて部屋に戻ると年賀状。マジシャンの予告カードのように、葉書にはさっき見た御来光の絵が。その絵の横には、自分もそうしたように、障害物を飛び越えながら走り書いた、新たな年へのコミットメントが記されている。
書いた時の状況を想像して、書かれた前向きな言葉とのギャップを思う。それでもその雅をことほぐ。
そんな繰り返しにうんざりもせず、むしろ去年と今年がしっかりがっちり繋がっていることを『無事之吉祥』と喜びあっている。
人間は自分達が勝手に付けた境目の、その線の下が元通り繋がっていることに安心したりする。
それは『国境』と同じ感覚。
成人になる『誕生日』と同じ。
『結婚』と同じ。

自らが造った仕掛けの中で、そのルールに従って結果を確かめながら無邪気に真剣に生きている。カードゲームのよう。
人って可愛い。ミツバチの習性のよう。離れて全体を見ていると魔可不思議だけど、彼らなりの意味づけをしてひたすら動く。
このメリーゴーランドに私も乗って、もうすぐみんなと一緒に走り回るんだなぁ。きっとハードルの二、三個は故意に踏み倒しながら・・・。
by soukou-suzuki | 2005-11-19 02:04 | Hikari NOW!

ある親父様の一番ながい日

お知りあいのお嬢様が、紀宮さまと同じ日にご結婚されました。
下はその御式の様子です。リアルな手記だったのでお許しいただき掲載します。

★★
「式では馴れない花嫁の介添えに緊張し、宴では花婿・花嫁入場と共に
隣のかかあが早くも泣き出すもんで、つい貰い泣き、これではいかんと
気を引き締めたものの、ものの10分で、もうどうともなれと涙垂れ流し状態!

ご出席いただいた方々の席を周回しているうちに、折角のご馳走は反対隣
の弟が平らげてくれて、こちらは飲まされるだけですっかりただの、泣き上戸の
酔っ払い親父と化してしまいました。

でも、娘が、折角来ていただいた方を喜ばしたいと、様々な仕掛け・サプライズを
用意し、(こういうところは私にそっくり!)、それが皆に喜ばれ本当に良い宴で
した。息子が新日フィルの仲間を連れてきて、宮崎アニメの主題歌メロディーを
演奏したときの一体感は素晴らしかったです。」
★★

本当におめでとうございます。末永くお幸せに♪
by soukou-suzuki | 2005-11-18 00:27 | 私のお気に入り