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竹芸士 三代 池田瓢阿氏をお尋ねして

七月末日、盛夏の折に、茶道青年部の行事で茶杓削りの講習会を企画することになった。
支部の幹事長先生のご紹介で、講師は竹芸士、三代池田瓢阿先生が快くお引き受けくださった。
はたして募集を始めて見ると、私の予想をはるかに超える希望者が殺到し、60人程度を見込んでいた講習会で120名を超え、なお追加申込が止まらない状態になった。これも竹芸界での「池田瓢阿」のビッグネームの効果である。
嬉しい悲鳴ながら、会場整備の問題で主催側としては一時期パニックに陥ったが、瓢阿先生のご好意で、午前・午後の二部制で行うこととし、役員らも運営に回って自らの作成を辞退するなどの協力も得られ、なんとか大量のお断りを出さないでも実施可能となったのは本当に有難いことで、誰に会っても合掌したい心持である。
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さる「海の日」の連休最終日、瓢阿先生のご自宅に事前打ち合わせに伺い、直接そのお人柄に触れることができたのは、ひとえに青年部部長の役得である。
緑深い「井の頭公園駅」の改札で待ち合わせしたのは、副部長の冬野氏と相方青年部部長の新井さん。
30分早く着いてしまったので、駅前2階の炭火珈琲店で、窓から緑を眺めつつ時間を潰す。店主のマダムがさりげなく着物を誉めてくださり、今日、梅雨が明けたことを知らせてくれた。後で聞けば、瓢阿先生のアトリエはこの店と10Mと離れておらず、行きつけのお店だという。店内にはアンティークの装飾が多く、クラッシュアイスにたっぷり目のアイスコーヒーが嬉しい。
ほどなくボーダーシャツで現れた冬野氏とお喋りするうちに、白日傘の新井嬢を改札に認め、窓から手を振る。

約束より10分早く3人がそろい、アトリエの先生に御電話すると、駅まで迎えに出てくださり、そこから桜の緑陰遂道を抜けて静かな住宅街の細い路地の奥の真っ白なお家に通された。井の頭公園駅から応接室の白いソファに至るまで、まるで一つの物語の序章のように、自然に流れる景色が印象に残る。

ここからの二時間は飛ぶように過ぎた。
若々しい奥様からは、鶴屋のお菓子と大阪池田屋の抹茶とでもてなされ、茶杓箪笥から当代作の名杓写しを見せてくださり、さらには当日の実作手順も実演してくださり、何事にも余念のない芸術家の素顔を拝見させていただいた。
おとりどりの鶴屋の生菓子のうち、誰がどれを選ぶかを楽しそうに見ていらしたいたずらっぽい眼差しに、瓢阿先生の茶目っ気とユーモアを感じずにはいられない。
原宿の陶芸倶楽部という芸術家の集うらしき窯で焼かれたお手造りの茶碗は、どれも個性的であり、上品で手に馴染む。先代の茶碗も多かった。

現在、二代瓢阿執筆の『骨董巷談(その三)』を拝読中であるが、当代瓢阿氏はお父様の影響を強く受けているとご自身で語られるとおり、読んでいても著者とご当代の笑顔が重なることが多い。
それにしても、著者二代目瓢阿氏とも、一度で良いから会ってお話を伺ってみたかった。
少し生まれるのが遅かったか、茶道に目覚めるのが遅かったのか・・・、個性や人格というものは、道具のようにそのまま時代を経てこの手に届かないのがもどかしい。

行事当日、多くの茶友に池田先生の美意識とお人柄をご紹介できることは非常に嬉しく誇らしいことであり、ご紹介くださった第六東支部幹事長の増田宗房先生の青年部への愛情と配慮には、心より感謝申し上げるばかりです。
by soukou-suzuki | 2005-07-26 00:36 | Hikari NOW!

是界

連休中日に金春の座・SQUARE公演に誘われ、国立能楽堂を訪ねた。
実は国立能楽堂に伺うのは今回が初めて!
これまでの私の能体験のほとんどを占めるのは、(株)ハザマが主催する、明治神宮の薪能だった。母がハザマ茶道部で四十年以上に渡って稽古をつけていたご縁で、子供の頃から母やと、または茶友とも寄せていただき、たぶん通算では15回以上拝見している。流派は金春や観世など時々で違ったと記憶している。
神宮の薪能では、本殿前の広場いっぱいに設えた階段状の座席で、能面の表情も衣裳の柄も印象としては遠目であった。
一の松、二の松・・とそれぞれの前で薪をしているので、実際、能楽堂よりも舞台まで距離があったかも知れない。
野外能では、時折はぜる薪の火花と微かないぶり臭さや、神殿を取り巻く大木の梢のざわめきやささやき、ある時は霧雨にけぶる月光や、夜露に黒く沈む銅ぶきの屋根などが、物語の進行とあいまって、またある時は無関係に、人知を超えた存在感で全身を包みこみ、恐ろしげで神秘的な世界を感じていた。
一方能楽堂では、シンプルかつモダンな白い客席シートとベージュの絨毯に、動きも温度もほどよく調節された空気、舞台を覆う美しい装飾・・・と、全てが野外能とは対照的で、「ああ、ここは人間の為に能を演じてくれる場所なんだ」と体がほっと感じました。
また今回の能楽観賞にあたっては、出版社勤めの仲間や、大学職員をしている茶友が、演目に関する資料を事前に送ってくれたお陰で多少の予習が可能となり、今までになく登場人物の感情や場面展開についていけたような気がする。
舞台から時間が経った今も時折、装束の綺羅や謡の声、鼓や笛が共鳴する時に感じた「美」の求道者たちへの崇敬を自分の中で繰り返し味わっている。

演目は次のとおり、
  能  半蔀(はしとみ)    源氏物語の夕顔の霊が舞う恋の喜びの舞
  狂言 文蔵(ぶんぞう)   うんぞう粥の「うんぞう」と「文蔵」を聞き違えの妙
  能  是界(ぜがい)     仏教繁栄の日本に挑む、天狗「是会坊」の奮闘

それにしても、是界坊が持っていた天狗のうちわ・・・鷹の羽(?)でしょうか、8枚もの大きな羽を漆の棒の先に広げて華やかでした。座箒(茶事に使う道具)をいくつ作れるかと思うと垂涎です。床机の塗りも綺羅めいて、「伝統芸能は”贅沢”がよい!心が豊かになる」と改めて思いました。
ちょっと深入りしてみたくなる世界でした。
お誘いくださった茶友、元木さんにも感謝。
by soukou-suzuki | 2005-07-26 00:00 | Hikari NOW!

祝「風の道」20周年

所属している俳句結社「風の道」が、創立20周年を記念して、去る7月16日に帝国ホテルにて記念式典と懇親会を開催しました。
当日は、式典の撮影班と懇親会の受付、来賓誘導をおおせつかりました。
世田谷支部および御代田支部の発起人で、同人の大先輩である母は、式典の部の司会進行で、「あれ?見たこと無いぞ?」と思う新しい着物に銀の帯を締め、粛々と取り仕切っていて痛快でした。
私も句友でもあり茶友でもある富士江氏も、ドレスコード「着物指定」と、3度にわたる集合時間の繰上げを経て、”にわか手伝い”の割には、お開きの時には大きな「疲労感」と「達成感」をいただき、「風の道」20年の道のりを同行した気分を味わえたのは大変ありがたいことでした。
お開きの後に、副主催(大高霧海氏)よりご馳走になった、帝国ホテルラウンジのアイスティーが、パーティー中のお料理以上に美味しく感じた私です。

当日の兼題「薫風」での出句3句のうち、山本終花氏、岡路蝶児氏の佳作に、

            薫風に籠編む人も背を伸ばし
            大空に選手宣誓風薫る

を取っていただいたことは良い記念と励みになりました。

結社「風の道」主催(松本澄江)の句歴は60年とも70年とも・・・人生のあらゆる局面を、季節感とともに綴ってこられ、こうして華と咲いてくださるのは、人生で巡り会うべき先達としてもっとも相応しい人物像であり、このご縁を大変有難いことだと思っています。同人にも推挙いただいき、今後は月の原稿も5句から10句に増えます。
着いていけるか心配ですけど、お見捨ていただくまでは着いて行こうと思います。

この記念大会に、新句集『桜紅葉』を上梓されたことも、心よりお喜び申し上げます。

怒涛の3連休の華々しい幕開けとなりました。
by soukou-suzuki | 2005-07-20 00:27 | Hikari NOW!

車内アナウンス

毎朝通勤電車のアナウンスで「車内で死んだ者を発見したら、お近くの駅係員までお知らせください。」と聞こえて驚く。
「不審な物」が「死んだ者」に空耳アワーなのでだけなんだけれど、毎回、かなりの確立で聞き違えてしまう。
私は電車で死人など見たことはないのだけれど、テレビの刑事モノやサスペンス全般においてはありがちなシーンだからか、注意して見れば探せそうな気がしてしまう。
毎朝、アナウンスを耳にする度、瞬間的に映像が脳裏を掠めるし、不審物と置き換えて納得した後には、今度は破れたビニール袋が浮かぶ。映像の力は凄いなぁと感心するし、インプットする情報が不穏なものに偏らないように日ごろから心地よいもの、美しいものを見るようにしなくてはと思う。
by soukou-suzuki | 2005-07-19 00:00 | Hikari NOW!

俳壇

朝日新聞社発行の「俳句朝日」の8月号に、私の句が3句だけですが掲載されています。
若手紹介のコーナーで、結社は「風の道」の中す。
俳句は、南米を一人で旅していたときのもので、メキシコやチリの砂漠の印象を詠ったものです。
俳句朝日は大きな書店なら大抵はあります。本屋さんにお立寄りの際はめくってみてください。
俳句雑誌には季節に親しむ記事がいっぱいです。句を詠まない人でも、読み物としてお薦めします。買って読んだら、みよう見真似でも一句投稿してみては?
ビギナーズ・ラックから、明日の文壇、俳壇を担う道が、あなたの眼前に拓けるかも知れませんよ。
世界遺産になるような建造物を残さなくても、十五文字と言う世界最短の詩で、人間の英知や愛を形に残す方法があるのです。
「haiku」と言えばショートポエムとして世界に通用します。
日本語を話せるだけで、既に世界ランキングに程近いスタートラインに立っているのですから、やらないのは勿体無いですよ。・・・と、言われたのを思い出す私です。あはは。
私は「踊るあほう」を取ったまでです(^^)
by soukou-suzuki | 2005-07-14 23:38 | Hikari NOW!

悲しさに効く薬「癒し度」調査

昨夜、些細なことから急に津波のような虚しさが込み上げてきた。
もうお姉さんだから、こういうのは初めてのことじゃないし、幸か不幸か翌朝以降も息をつく暇もないスケジュールだから、どよよ~んと惨めさを肴に孤独を味わうのも、ちょっと違う気がした。
ここは一つ、平常時には量ることのできない、障害時の対策調査をしようと思い立った。
心に津波がきたときに、何が自分にお薬になるか、処方箋を書いておこうと言う訳。
家に帰りついたのが零時を過ぎていたので、取り敢えずお風呂へ。バスタブに湯をはり、涼風設定で浴室に風を創る。クナイプのバスソルトから、気持ちのリフレッシュにもなるミントを選んで濃いめの味付けで完成。仕上げに浴室スピーカーをONしてCDをかける・・・。
と、ここまですれば普段のストレスは流し尽くせるのに、今日の津波には効かない。
バスタブの中でもため息連発。
念入りに冷やした部屋で、湯上がりのソファと団扇を占有しても駄目。見兼ねたパートナーが、「ストレスにはイソフラボンが善いんだよ」と冷えた豆乳をグラスにナミナミ注いで差し出す。嬉しいし美味しいけれど、ひゃっくりのように、自分じゃ止め様のない「あ''~っ」と言う叫びを繰り返す。
これはもう寝ずの自己精神分析で、忘却と言う薬ではなく、病原の切除しかないと思っても、落ち込みの原因である事実関係の追求に必要な資料が手元にないからそれもできない。
このまま一晩を過ごすのか?神よ、これはあなたが私に与えたもう試練なのか?と思った時、I-PODシャッフルから流れたのは透き通った賛美歌の声。
バスソルトのミントが入り込めなかった体の内側の隅々へ、そのメロディーは難なく行き渡る。
心臓や首筋や髪の毛の一本一本に絡み付いていた「あ''字の素」を、リンスと共に聖水が洗い流して往くのをはっきりと感じる。
なんだこれは?
今までにも賛美歌は聴いたことあるのに・・・。
そうか、キリスト教徒でない私は、大抵は旅行先の海外の大聖堂か、知人の挙式か葬儀かでしか賛美歌をじっくり聴いたことがなくて、こんな風に自分に救われたい気持ちがある瞬間に聴けたのは生まれて初めてのだったのだろう。
あれあれあれ、と言う間に肩や喉やつかえが取れて、後は自然にシモンズのベッドが神様の下へ連れていってくれたらしいけど、爆睡してたせいで、ついぞお顔は拝見できなかった。
恐るべし賛美歌パワー。いつもポケットかお化粧ポーチに忍ばせておきたい常備薬だ。
毎週日曜日に礼拝に行くほどは落ち込まないタイプだけど、救われたいときに足を向けたからといって、気分を害すほど神様はちっぽけではないはず。
それは阿弥陀さまもお伊勢さまもおなじこと。
読経のリズムも雅楽の響きもお唱明の揺らぎも、昔ながらの実績ある特効薬なのかも知れない。
体と心が最低限の調和を取り戻したら、朝日を浴びて歩きながらの、ルイ・アームストロングが歌う、WHAT A WODERFUL WORLD! が嬉しかった。お宮さんの大樹から聞こえる囀りと渋く甘い声は、野外劇場で聴くオペラのように身体ごと包み込んで、私を大空に投げ上げてくれる。
また津波がきた時に、浮き輪やボートにするのは何という曲になるのか、楽しみどもある。
でも、天災は忘れた頃にやってくるんでしたね。
by soukou-suzuki | 2005-07-14 23:15