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駐車場再抽選

 入居時に外れた、自宅マンションの駐車場使用権・・・。3ヶ月経って、ようやくチャンスが巡ってきました。
今回再抽選の対象になるのは、地下の立体駐車場が1台、屋外の平地に、1台が普通、1台が身障者優先、の合計3台です。
 現在は、徒歩3分くらいの、畑と教会の間にある月極駐車場を契約しています。ここへ寄る必然性から、夜半に思わぬ名月にであったり、家々の庭木から季節を感じたり、日曜の昼にはミサの後の華やいだ家族の声がきけて、それはそれで楽しんでいます。
 決して不便とまではいきませんが、荷物の多いときは、一度マンションの前に停めて荷を下し、改めて車庫へ向います。
 オートロックになってからは、この作業がかなり億劫。荷物を持ちながら鍵を2回開ける時、一人だと少々寂しいものを感じます。
 今度こそ当てるぞ・・・と自然に気合がはいりますが、夫は端からこの抽選を胡散臭く感じているようで、申込用紙までも斜めに見ています。
 地下は立体駐車場なので、安いし屋根があるし、第一希望ではありますが、平地タイプがマンションの裏手にありますが、うちからはテラス側に出てすぐなので、この際何処でも当たれば感激です。
 抽選会に出たほうが確立があがる・・・なんてことがあるのか無いのか?申込書には、抽選会当日の出欠を聞く欄があるのが気になります。
 当たりますように。あたったら気軽に出られるので、雨の日や、深夜のドライブが増えるかも知れません(?)
 
by soukou-suzuki | 2005-06-29 00:12 | Hikari NOW!

衣がえ

衣替え、または衣更えと書くけど、俳句では更衣でもころもがえと読みます。 今年の四月に引っ越してウォークイン・クロゼットができてから、洋服は季節での入れ替えが要らなくなり、海外旅行好きの私はいつでも四季の服が取り出せるので、荷造りが容易になりました。旅は身軽が一番ですが、出発前に疲れてしまわないことも大切です。
さて衣替えでしたね。
新しく巡ってきた季節の衣裳を出すことは、女なら誰しも楽しみの一つでしょう。夏に向う時なら、コンパクトな中から意外なほどたくさん出てくる、鮮やかな布たちを目にして、一つ一つを手に取りながら、その服を着て感じた中の一番イイ時間を思い出すでしょう。
秋から冬に移ろう衣替えでは、持っていることを忘れていたお洒落着に出会う確立が高いものです。素材や仕立ても夏物に比べて凝ったものが多く、スカーフやマフラー、ショールと様々な小物もお目見えします。そして、それらを組み合わせれば、きっと今までに着たことのない組み合わせが生まれると確認して心が躍ります。
夏服に比べて秋冬ものが充実するのは、日本のフォーマルな行事は圧倒的に冬場が多いからでしょう。

一方、過ぎる季節の服を始末する意味での衣替えはどうでしょう。
明日には着ないと思っても「本当にもう着ないかな?来週は天候が変わらないかな?」と悩みつつクリーニングに出すのは、金銭的リスクをはらみますからちょっぴりナーバスです。またそれらを引き取りに行くためにクリーニング店の営業時間を気にして過ごすのは何となく煩わしいものです。つまり人間は・・・、と言うか私は、過ぎたことに心を引き戻されながら過ごすことが苦手な人なのだと思います。
新居では、マンションのロビーフロントでクリーニングの引き替えサービスがあります。すぐには利用しませんでしたが、最近衣替えを機に利用し始めました。
出入りするたびに顔馴染みのお姉さんと挨拶するのですが、でついでに用事が済むので、忘れっぽい私でも二度手間いらずに衣替えの片付けがはかどります。便利を一つ手に入れるたび、また少し心の自由が広がりますね。
でも、着物の方はまだ完全に手間いらずとは行きません。
タンス一棹を全て着物に明け渡したと言うのに、もはや引き出しを開けしめする度にたとう紙上から押さないと閉まらない状態です。
着物を着るたびに長旅前のような大騒ぎはしなくなったけれど、衣更えの季節には「あれが足りない、これが見つからない」とまだまだ冷や汗をかきながら捜索しています。

夢が適うなら、着物は着物、帯は帯、帯締めは帯締め・・と専用の箪笥にしまうこと。
そして明日の着物を取り合わすための、大きな衣桁(いこう)と、壁いっぱいの姿見(鏡)のある部屋が欲しいです。
夢は夢として目標は、着ること自体を、お茶を点てている時のように、心をこめつつもリラックスして楽しめる大人に早くなることですね。
by soukou-suzuki | 2005-06-14 09:02

TVに出てしまいます

母がまたTVに出ます。日本テレビの”報道特捜プロジェクト”という番組で7月放映予定です。高齢者および身障者の住宅改修を特集する中で「転倒防止の為の改修」をテーマに、ある相談者のプランニングまでを取材するのですが、その相談者という設定です。
”福祉住環境コーディネーター検定試験1級合格者”でインテリアコーディネーターでもあるコンサルタントが、ライフスタイルや将来にあわせ、自力で生活しやすい住宅への改修プランを作成するという内容です。
私の実家は築43年の駅近マンションです。13年前に父が亡くなった直後、茶道の稽古場を中心に、一度は大規模改修を行っています。しかし自分自身の生活空間を安全にするための改修は今日まで手付かずでした。
安全という目で見直すと、実家には複雑な段差と細いクランク導線がわんさかあることに気づきます。使う側が「元気」で「細身」で「ゆとりがある」うちは良いですが、一旦体の何処かが「不自由」になったり、体に「幅」が出てきたり、「急いだり」すると、住み慣れたはずの自宅も障害物競走のトラックに大変身します。
私自身、学生時代に怪我の経験があり、膝が痛い時のこの家の「難所」はある程度知っています。高校の部活で柔道に熱中していた頃、自分より10KG重たい人に「体落し」を掛けた時に、左膝の前十字靭帯を切りました。大学時代にはテニスで、ネット際で左サイドに来たローボレーに飛びついて、今度は右膝の靭帯を切断しました。
それぞれ怪我から1ヶ月後まで、通産2ヶ月間、足が不自由な状態でこの家に住んだことがあります。
移動では周囲の家具に掴まって「伝い歩き」をし、当時和式だったトイレでは「曲芸状態」で用を足し、深い浴槽を出るのにも手すりが無く、真冬に冷たいタイルにお尻をついて出入りしたのを覚えています。
当時、家には老人が居なかったので、周囲の理解は得がたく、私の貴重な導線に椅子や空き箱が放置されていたり、ベッドでなかったために患部に、無防備に寝ていると、兄弟が躓いたりして泣きながら怒っていました。その頃、若いながらも「快適さ」とは「安全」から来る、ゆとりある心の状態のことと実感し、自分の「終の棲家」には、ちょっと困った時で丁度よいくらいの”ゆとり”設計がほしいなと思いました。
靖子さんは、昨年の夏に御代田(※)の山荘を閉める際に、玄関の踏み石で転倒落下し、膝の関節を潰してしまうほどの怪我をしました。山の中で、しかも通りからは建物の影に隠れた場所で、地面に突っ伏したまま、しばらく身動きもできなかったそうです。
転んだ時に気を失わなかったら良かったものの、叫んでやっとお隣さんに聞こえるかな、というような場所で、大事に繋がらなくて本当に良かったと思います。私も今も時々ですが、深夜の地下道で古傷の膝を外し、へたり込んだまま「途方に暮れる」ことがあります。その時の地下道の冷たさやアスファルトの固さは、体験して初めて知る悲しいものです。
靖子さんも、浅間山の火山岩混じりの地べたに倒れたまま、激痛に身悶えたかと思うと、母親を思う余り涙腺がゆるむ・・・より先に、両膝が「共感」してわななき出します。
あれからもうすぐ一年、不屈の母は、医者通い・食事療法・プール通いを経て、ようやく正座に”近い形”で座ることができるようになりました。
お茶の先生にとって膝の傷みは職業病の一つではありますが、いきなり歩けなくなり、激痛にさいなまれた日々は、相当な心理的ダメージもあったと思います。
今回、この取材の縁を頂いことをきっかけに、安全で快適な住まいつくりへの勉強を、親子共にしておこうと思います。
プライベートも見えてしまうので恥ずかしい面もありますが、何でも臆せずチャレンジする靖子さんを応援してください。
この家は「古さ狭さ危険・・・」と3拍子揃ってしまいますが、窓からの眺望と差し込む朝陽は、年中無休の使い放題で0円です。さらに駅近の利便性と人が集いやすい環境は、「改修」を重ねても絶対に入手できない貴重な資源です。
使い捨てが主流の昨今ですが、「使い切る」「使い倒す」事は、与えられた物の命を尊ぶ意味で大切なことです。「修理しながら騙し騙し使う」のは消極策です、「思い出や愛着」を積極的に財産として受け止め、そこにある時間の経過を「味」に変えてこそお茶人ですものね。

 古い道具は磨いて使う、
       過去に使ってきた人たちの
               知恵や逸話が輝くように・・・。
                                      ひかり
by soukou-suzuki | 2005-06-07 00:05 | 母のこと

ランチョン・ミュージアム

お昼休みのほんのひと時でも、心豊かに過ごしたい・・・勤めるようになってから強くそう思うます。
丸の内でのランチは、価格も内容も全国的に見れば十分に贅沢な方でしょう。最近の三菱地所さんの頑張りで、仲通り界隈は本当に充実してきました。
お洒落な空間で、旬のお食事を、気の効いた会話で過ごすのも良いですが、何かこうもうワンランク癒されながら刺激になる事はないものかと探究しています。
そこで思いついたのが ランチョン・ミュージアムでした。
お昼休みは、お昼ご飯を食べることだけに使わなくてもよいのでした。見渡せば、回りにはアート空間もちらほら・・・。
そこで、一昨日はお隣の帝劇ビルの出光美術館に、”茶陶の源流展”を見にいきました。
会社の帰りのお稽古場が遠く感じ、さらに茶室にあっても、本物の道具達は遠い存在だというのに・・・、いつもお昼を食べている場所と、壁数枚を隔てたところに、こんなに沢山のお宝級の茶道具が鎮座ましましていたのです。
一時間ではとても見きれない充実の展示内容ですので、第3展示室は見られませんでしたが、楽茶碗では長次郎の「黒面翁」、道入(のんこう)の「此花」などをじっくり拝見しました。
発見は、この7月に青年部行事で「茶杓作り」の講師をお願いしている池田瓢阿先生のお爺様、初代瓢阿作の、利休所持広口籠の写しも展示されていたことです。
思わずご縁を感じて嬉しくなり、筆不精の私がお手紙をしたためたのも、ランチョン・ミュージアムの効用でしょう。

昨日は東京国際フォーラムガラス棟にある「相田みつを美術館」にいきました。
味のある筆書で、含蓄ある言葉をつづった、昭和の書家、デザイナーの個人の作品ばかり集めた美術館です。
埼玉のお菓子屋さんの包装紙から始まったデザインの仕事は、書家、相田光男が家族を養うための知恵と挑戦でもあったようです。小さな手書きの看板が、私にもチャレンジ精神を与えてくれます。
感想を言い合う相手がいない分、自分自身と語り合う時間になりました。みつをの字は、不思議に、文字の形のままに記憶に染み込むのです。

ろうけつ染の作品の中から・・・

<座右銘>
あとでやろうと思ってもできた試しがない
やるならいつも今だ
    未青浪人   「み」

また、馴染みあるこんな言葉も・・・

<受身>
柔道の基本は受身
受身とは ころぶ練習 まける練習
人の前にぶざまに 恥をさらす稽古
受身が身につけば達人
まけることの尊さがわかるから
                 みつを

などなど。やはり、内容だけでない、書体=デザインと一体になって、言葉に迫力や味が出ていると感じます。
ここはリフレッシュコーナーが充実していて、カフェでは展示に関係した埼玉のお菓子屋さんのお菓子を一個売りしています。私も「ミートサブレ」を買いました。お肉のミートじゃありません。「MEET=出逢い」です。このミートサブレのコピーは、相田みつをの思想「人生の幸も不幸も、出逢いから始まる。だからいい人に出逢うきかっけになれば」という内容で、思わずお土産にしたくなるメッセージ性の高いお菓子になっています。
一人で行くと、意外とじんわりします。オススメ。おにぎりを持ち込んでしまいました。

次は、ブリジストン美術館が近そうです。九段下に進出すればあと3つくらい美術館があります。
by soukou-suzuki | 2005-06-03 00:02 | Hikari NOW!

靖子、スポーツクラブに入会しました

母、靖子さんの近況続編です。
昨年の夏に膝を傷めてから半年。だいぶ回復したものの、未だお医者さまに通う日々です。そのお医者さんが用賀にあるそうで、毎週注射だ通院だで何かと用賀に出没します。
4月に私たち夫婦が用賀へ引越す際に、永年お世話になったスポーツクラブを退会し、新たに用賀のセントラルに所属しようと入会案内を持ち歩いました。母へも見せたら、何時の間にやら私たちが引っ越すより先に自分が入会し、ちゃっかり私たちの「紹介者」になって各種得点をダブルゲットしていました・・・。勢いで競泳用水着も買ってしまったとか。
「これを着ているとオリンピック選手みたいでしょ?」
というマジ台詞には、思わずまじまじと「顔」を見てしまいました。オリンピック選手に見えるかどうかの問題ではなく、正気かどうかの問題です。
お陰さまで、暇ができると「じゃ、プールで!」と待ち合わせのできる間柄になりました。
今までの10年間は、お茶のお稽古場か、句会か、御代田で会うのがもっぱらでしたが、新たにスポーツクラブでのランデブーも加わって、傍目から見ますと一層仲良しさんとなりました。
またプールは夫君の専売特許的習慣ですので、プールでは3人大集合です。
先日、お茶で知り合ったお友達もこのクラブ通いと聞いて、ますます水着・スッピンのお付き合いの幅が広がりつつあります。
そろそろ本気で消えない眉毛を書きにいこうかしら?と検討中で、こちらも靖子さんを誘ってみようかしらんと計画中です。
by soukou-suzuki | 2005-06-01 20:18 | 母のこと

俳味、ハイミー、美味しくなる。

趣味の一つに俳句があります。
趣味といいましても、性格上、どうしても「ただただ楽しむ」という境地に至れず、趣味という言葉の影には常に「修行」「修練」という文字が付きまとう私です。
多分、他のかたは趣味の世界においてはもっと極楽モードなのではないでしょうか?それとも、趣味って元々ツライものですか?
母に連れ込まれて俳句を初めて、多分4年か5年目くらいです。巡る季節を心のレンズで切り取る「撮影」を、4周以上廻ったわけです。
日本語は凄いです。歳時記に出会ってから、日本の季節は4つではないことを知りました。一ヶ月の中にも、季節の移ろいを表現した言葉が実に沢山あります。
毎年同じ季語に巡り会うと、「ああもうそんな時期か・・・」と思うことばかりですが、振り返って見ると、俳句を初めてからの方が、折々の季節の風景がぎっしり細々と頭につまっています。少しは日々を味わっている証拠かしら。
さて世の中に、桜が咲いても俳句にしない俳人なんていないでしょうし、桜に限っては日ごろ俳句に縁のない人でも、「俳味」を感じるでしょうから、桜ほど詠いつくされた素材もないでしょう。
幾千年も各方面で詠い尽くされた素材で毎年宿題を迫られるのは辛いことでもあります。誰も読まなかった桜の姿・・・なんて、発見できたらノーベル賞ものです。
当然、類句(似たような句)も多発しますから、一文字も無駄なく有効利用し、文体も合理化し、素材のハーモニーにもひときわ気を使います。日ごろは「他人と視点が違う」こと(モノをナナメに見る性格)で助けれている私には、特に苦手な季語です。
やはり「推敲」ということが鍵になるのでしょうか。変換ミス・クイーンと呼ばれ、メールもブログも書き散らしの私にとっては、もっとも縁のない言葉「推敲」・・・。
この「推敲」という文字、「推」=押すと「敲」=叩くを組み合わせた言葉だそうですね。
中国の詩人が、月光の下で寺の門を・・・の次を「押す」がいいか「叩く」がいいかで散々悩んだところからきていると・・・。確かにそれ、俳句を初めて増えた悩みです。
「推敲」した結果は「叩く(敲)」に軍配が上がったそうですが、それも納得。月光に照らされた水底のような蒼い世界に沈む寺の門・・・そこには「音」がする「叩く」方が絶対ドラマチック。
俳句は五感を刺激するもの。俳句に限らない文学全体ですし、料理の世界だって達人になるほど、味覚だけでは勝負してないですね。音楽も、本物にはリズムだけでなく色がある。いや、何でもそうですが、本物は第六感さえも刺激すると思います。
つまり遭遇した側が経験から「納得」するなら上手い句、未体験ゾーンの出来事を「分からせちゃう」ことができるのが本物、という気もします。
私も一つでも多くの刺激を持った句ができたら幸せです。で、いつか誰かの第六感を刺激する”生涯の一句”を授かったらなお幸せ。
痛かったり、柔らかかったり、臭かったり、熱かったり、滑らかだったり、甘かったり、痒かったり、さらさらしたりする句が沢山できるように、日ごろの五感を鍛えなくちゃ、です。
そのためにはやっぱり、美味しいものを食べたり、広いところへ「ぽつねん」と佇んだり、落差を体験したり、マッハで飛んだり、月を引き寄せて見たり、着物で体をぐるぐる巻きにしてみたり、たまにはソワレで背中を出して見たり、パジャマでぐーたらしたり、引き締めてみたり弛んでみたり・・・いろいろ味わってみるしかないのですね。
だからいつのまにか、「日常」も「余暇」も「仕事」さえ、趣味のための修行・精進の一貫となってしまう私なのです。
私が経験したことのない五感を募集しています。できれば心地よいやつをご紹介ください・・・。
by soukou-suzuki | 2005-06-01 12:44 | Hikari NOW!

雲のベッド

土曜の朝、シモンズのベッドが届いた。
設置を終えて配達員が引き上げると、早速カバーリング類の包装を解き、ハイジとお爺さんが屋根裏部屋で乾草のベッドにしたように、左右からシーツを着せる。ダブルマットレスは想像以上に高さがあった。少し遠目に見ると、部屋の中央に垂直に立ち上がっている四角い白い厚みは、まるで巨大な「まい泉のカツサンド」のようだ。
身長のない私は、はい上がる・・・と言う表現が正しい姿勢でいそいそ“台”の頂上へあがる。
仰向けになると、おお、天井よこんにちわ!見渡せばなんと視界の広いこと。
寝室の窓は腰高窓だが、窓枠より浮いた高さを、寝転んだ自分の視線が行き交う感覚は、プチ幽体離脱だ。寝室に居ながらにして、テラスの様子もリビングの動きも見下ろし加減に把握できる。これなら風邪で寝込んだ日も今までより快適に違いない。ああ早く風邪ひかないかな~と童心に帰る。
一方、想像以上の高さと私に蹴落とされる不安におののき気味の我が背の君は、永年使った羊毛敷布団を安全マットに転職させて、フローリングに敷くと言って聞かない。
この快適空間に?フローリングの上に安全マットォ・・・?
勝手にせい。ネットでもロープでも駆使して、ついでに保険も増額したらいい。そんなことでこのご機嫌を損ねてはいられない。
真新しいマットレスは、私の体を下から突き上げるように支える。久しぶりにまっすぐになったような気がする。そう、これこれ。ラッフルズさんやリッツさん、オリエンタルさんやペニンシュラさん・・・旅先でお世話になった名門「カツサンド」達の感覚だ。立っている時より良い姿勢でいる自分に気づき、立っていないから自分が軽く感じる。(あたりまえか)
そのままふわふわお昼ねしたら、夢は当然雲の上でしょ。ハイジのように雲のベッドで、今日は何処までいくのやら。
by soukou-suzuki | 2005-06-01 09:05