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月見てにんまり

私は月が大好きなのです。
海よりも月が好きかも知れない。
月を見ていると心がじゃぶじゃぶ洗われて、くよくよも、いらいらも、へろへろも「すぅーっ」と消えていくのです。一人でぶぅっと歩いていて、ふと目を上げたときにお月様と目があったりする。そうすると、「あら、見てたのね!」と自然に顔が変わるのです。
なぜか月の前では私はいたって素直な子なのです。
ところで、『お盆のような月』とは良く言ったものですね。確かに月は立体的に見えるようで、なんだか外側の方がより輝いていて、球体なのに円のように見える・・・、と思っていたら、月の表面を覆うレゴリスという岩石の粉が、光の来た方向へより強く反射くる性質があるからなんですって。
日本人の観察眼は鋭いですよね。丸いものと言えば「お盆」だなんて、稚拙な例えだと思っていた人は自分を恥じるべきです!(って、最近まで私がそうでした)
で、世田谷に越した理由の一つは、樹齢100年以上の樹木が沢山あるからだったのですが、マンションの周りはまさに保存樹木の宝庫で、朝はさえずりが、夜は梢を通して見る月が最高です。でも月見はもう少し開けた場所もよいもの・・と自分の月見スポットを決めようと思いましたら、近所にかなり大きな畑があり、そこへ出るとプラネタリウム状態に夜空が八方見渡せます。
一昨晩も、ついフラフラと畑を一周しながら、半分くらいの朧月を眺めては歩き、立ち止まっては振り返り・・・、と月との会話を楽しみました。
で、家具が揃わなくても、我が家の(近くの)月見スポットまで来て、一緒に月見をしてくれる心豊かな方を募集します。
もし素敵な月見場所があれば教えてください。その方にだけ私の都内月見スポットをお教えします。
by soukou-suzuki | 2005-05-20 00:46 | Hikari NOW!

禁断の味

連休は『軽井沢の別荘で家族と過ごす』・・・。などと気取って書けば書けなくもないが、実態は親族による『合同合宿』か『林間学校』で、バカンスというより体育会系な恒例行事なのです。
 先祖の想いを正当に書くなら、伊勢神宮の式年遷宮か老舗鰻屋の追い継ぎのツケダレと同じように『格式』があり、すでに『我が家の無形文化財的習慣』なのです。
 私も昔・・・、そう産まれる前の胎児の頃から五月の連休と夏の休みは、軽井沢町に隣り合わす御代田(みよた)町にある山荘で家族と過ごしてきた。したがって私は東京生まれの東京育ちな割りには都会の夏の夜遊びを知らない。
 家の父は(トリックまがいの仕込みまでしないけど)ゴッドハンドを持っていて、大自然のいろんな顔を家族に紹介するのが得意で得意で、誰より自分が喜んでしまうタイプの人だった。
私たち家族は、ここでは自然を父とし母とし、礼賛し、探求し、観察し、捕獲し、採取し、加熱し、調味し、咀嚼し、消化し、我が血肉とし・・・ま、時々は食べずにスケッチもしたり、標本にしたりもして自然崇拝と感謝の儀式を繰り返してきたのだった。その煌く思い出の中には、忘れ得ぬ甘美な思い出も無数にあるが、忘れることを禁じられた十戒もある。
 これは禁断の味と天罰の記憶の話である。楽園の林檎ではなく、じとじとの地面に忽然と現れリ「茸」の話だ。
 雨後の庭に見慣れぬ茸が無数に出た年があった。父はしばらく親指と人差し指でつまんだものをねめ回した後、頷きながら頬を紅潮させて子供達に採取を命じた。父の命令は絶対と言う程ではないが、食べられると聞いたら躊躇はなかった。お預けの後にお許しを得た犬のように、私は兄弟に負けじと濡れた庭を這い回って茸を取り漁った。手触りは決して良くない。濡れ落ち葉は冷たくしぶとく、私の靴や衣服や手にもくっついてきて不快だった。
 それでも盲目的な努力の甲斐あって、袋茸に似たしっとりぬるりの白い茸はたちまちボウルにいっぱいになった。一仕事終えた爽快感と、収穫物を前にした達成感にしばしまどろんでいると、しばらくして台所からクリーミーで魅惑的な芳香が流れてきた・・・。寝ぼけ眼の私には、靄のかかった魔法のホワイトシチューに見えた。
 かねてから思うに、茸類に共通の、人類が未発見のアミノ酸みたいなものが確かに存在すると思う。それは薫りにも片鱗を見せるけれど、やはり口に含んで噛み締めた時に本領を発揮する。奥歯のもっと奥の、そう、たぶん唾液腺を通ってかしら?アルコールより素早く人体に取り込まれ、血液を介すより早く脳内のある部位に信号を送っているに違い無い。そして一種の脳内モルヒネを引き出しているのだと強く思う。 推察するに、効能は主に神経の弛緩と快感を誘発する・・・といったところだろう。この説に賛同してくれる茸好きは少なくないだろう。
 とにかく、この時のホワイトシチューにはその物質が豊富に含まれていたことは確かである。茸のうまみ成分を凝縮して、また撹拌して、さらに還元してまた結晶にして、それを直接脳に注射されたような気分だった。
 私と父は自画自賛か自然礼賛か、「うまいうまい」と先を競って代わる代わるおかわりをした。満腹になるとまた眠気が襲ってきた。傍らで気分が悪いとぐずぐず言う弟を尻目に私はすでに甘美な夢を見ていた。
 どれくらい時間が経ったかわからなかった。
 突然、夢の向うから物凄い勢いで黒いマントを広げて怪人のような『吐き気』という大男が襲い掛かってきた。瞼を開けたと同時に、喉元から込み上げてくるものを両手で必死に蓋して、一目散にトイレへ走った。それは猛り狂うモンスターを自分の内臓から無理矢理ひっぱり出しているような奇怪な体験だった。さっきの大男が、魔法のステッキを振り回すと、それに答えて私の体をむくろにしていたモンスターの子供達が次々に飛び出してくるようで、私はただただ、わなないてモンスターたちを凝視していた。
 私はただもうびっくり仰天し、半ば腰を抜かした状態で冷たいトイレの床に崩れ落ちていたのだろう。放心から覚めてぶるっと大きく身震いすると、居間からかすかに母の声がした。それは久しぶりに聞く温かな血の通った「この世の音」に思えた。
『全部・・・吐いた?』
弱々しい中にも優しさの籠もる声音だった。しかし様子を見にきてくれる気配はない。仕方なく這うように居間に戻ると、そこには食卓を中心に放射状に臥す、萎れた花の様な我が家族の姿があった。
 茸にあたったことは医者に聞くより明らかだった。母は父を恨まず茸を恨まず、父の少々軽率な判断とそれを信じて子供たちを危険に晒した自分の選択を憎み、苦しみの下から青白い怒りの炎をちらつかせた表情のまま強張っていた。乱れ髪が色白の顔にかかって凄みがあった。
父は母のその炎を感じながら、自らも情けなさと後悔の渦潮と、人一倍茸を摂取した痛手に身も心も委ね、額に青筋を立てたまま、赤黒いような顔で半目を閉じたまま床に仰向けになってじっとしていた。
私は父の後悔を思うとひどく可愛そうになったが、小学生ながら自業自得と言う言葉を思い浮べてかける言葉も見つからなかった。第一、全身を雑巾のように絞られた直後で、声など出なかった。
二つ年上の姉は完全にグロッキーの体。話し掛けられるのも迷惑と言いたげなアンニュイな空気を纏いながら、斜めに柱にしなだれかかって気配を消していた。長い黒髪が乱れに乱れ、ややオカルトチックでもあった。
食卓には弟が残した僅かなシチューがスプーンをくわえ込んで膜を作っていた。
先程まで楽園の食物に見えていたホワイトシチューは、今は魔法が解けて泥のスープに見えた。家族は完全に懲り、その日はみな無口であり、普段は礼賛の対象である自然に、いつになく厳しく冷たく接されたことに落ち込む幼児のようだった。あれから二度と、庭に生えた茸は食卓に現れなかった。
 それでも私の脳裏には、今もあの日あの時の白く輝く魔法のシチューがしっかりと焼き付けられていたし、脳天直結の神々しいまでのうまみと、甘美なまどろみは決して消えない記憶の襞にひっそりとかくまっている。その記憶は、一応は教訓として、だが時々は危険な誘惑として、永遠に私の中に生き続けるのであった。やっぱり自然万歳!
おしまい。
by soukou-suzuki | 2005-05-11 03:04

連休のち高熱のち老い

大型連休を姑息にパッチワークで縫いあわせ、ご機嫌の大風呂敷をばば~っと広げたリゾッチャ満喫の今年。実に4~5年ぶりの満足連休に、体も心も脳みそまでもだら~んと弛緩しきっていたら・・・、最終日に高熱を出して大切な行事の大切なお役をドタキャンしてしまい、周囲から大顰蹙をかってしまいました!加えて出勤日になっても回復せず、会社も休んでしまってさらに顰蹙・・・。最後は自己嫌悪と忍び寄る年波を全身に受けて、ほろ苦いフランス風バカンスのGWとなりました。
しかし本当に回復力衰えたな~、と『老い』への初旅を好奇心いっぱいに過ごすこの頃です。
今からこれじゃ、実際、老後に向けて備えるのはお金ばかりじゃない、先ずは心構えかな・・・とも悟りつつあります。
休みの少し前に、テレビで映画を見ていたらこんなシーンがありました。
『年を取って良かった事は何?』と尋ねる若者に、一人旅の老人は『な~んも。そりゃ経験して少しは知恵もつくが、その何倍も目も耳も足腰も効かなくなる』と淡々と答える。ちょっと興醒めした若者はキャッチボールを続けながらまた尋ねる。
『じゃあ、歳を取って最悪なのは何さ?』
老人は横目で若者を一瞥してから、遠くを見る目でさらりとこう言う。
『そりゃ、最悪なのは若い頃を覚えていることさ』
若者の手が止まり、一瞬の沈黙。彼の脳裏には、老いて後、今を回想している自分がフラッシュしているはず。老いと言う、想像しがたい怪物を、瞬間見事に相手に伝えた老人の内心の痛快さが私には見えた気がした。よし、私も若者をもてあそぶゆとりのある婆さまになるぞ。老いて手にする多少の知恵に、ユーモアが占める割合が高いようにしよう。
往く春を惜しむ気持ちがようよう解るようになってきたカナ・・・?
うん、不惑前には題して『惜春の一人旅』に出よう。なんちって。
by soukou-suzuki | 2005-05-10 23:35