カテゴリ:漂泊の人
  • 平泉「中尊寺」金色堂・讃衡蔵・弁慶堂・月見坂・・・(20120310)
    [ 2012-03-21 00:28 ]
  • 平泉「毛越寺」(20120310)
    [ 2012-03-14 17:40 ]
  • 広島アンデルセン
    [ 2010-08-12 16:21 ]
  • 宮島訪問2
    [ 2010-08-12 14:16 ]
  • 宮島訪問
    [ 2010-08-12 12:42 ]
  • ecoタウン広島をサイクリングで2
    [ 2010-08-12 00:20 ]
  • ecoタウン広島をサイクリングで
    [ 2010-08-12 00:00 ]
  • 干潮の鳥居にて
    [ 2010-08-10 20:05 ]
  • 原爆資料館前
    [ 2010-08-10 19:04 ]
平泉「中尊寺」金色堂・讃衡蔵・弁慶堂・月見坂・・・(20120310)


















by soukou-suzuki | 2012-03-21 00:28 | 漂泊の人 | Trackback | Comments(0)
平泉「毛越寺」(20120310)

2012年3月10日(土)、平泉の毛越寺(もうつうじ)を訪れました。
浄土を写した庭園ですが、一面の雪に覆われ、浄土と我が家は、真っ白でよく似ているな(笑)と思いました。
冗談はさておき、春泥と斑雪を歩きながらも、心がじゃぶじゃぶ洗われるのを感じる毛越寺。ゆっくり池の周囲を巡り、曲水の宴が行われた跡(流れ)は、平安時代随一の遺跡なのだそうです。藤原三代の栄華をとどめながらも、史跡のほとんどは「石」と「立て札」だけの「****跡」。

     はだれ雪 跡のみ遺す 毛越寺        ひかり

     春泥や 清衡の跡 吾の跡           ひかり










by soukou-suzuki | 2012-03-14 17:40 | 漂泊の人 | Trackback | Comments(0)
広島アンデルセン
一人旅のお約束、オウンショットを久々に撮りました~(笑)お世話になったお部屋にご挨拶の儀式は欠かしません。案外律義な旅人なんです。こうするとまたいい部屋に巡り逢えるのです。(今も、電車やバスで座れるたびに、シートをなでなでして「ありがと、またよろしくね」と言っておきます。こうすると、自分の目の前の席から空くのです、ホントに!)










最終日にcci繋がりで懐かしいお顔にも再会でき大満足。
またT氏には、初めての広島行で、ずいぶんお世話になりました。地元食のお相伴、水先案内、超強力ジモティにお願いして宮島は充実でした。深謝いたします。最後はやっぱり、ソウルフードお好み焼きで締めました。
by soukou-suzuki | 2010-08-12 16:21 | 漂泊の人 | Trackback | Comments(0)
宮島訪問2

















by soukou-suzuki | 2010-08-12 14:16 | 漂泊の人 | Trackback | Comments(0)
宮島訪問


















by soukou-suzuki | 2010-08-12 12:42 | 漂泊の人 | Trackback | Comments(2)
ecoタウン広島をサイクリングで2







生粋ジモティ友人と合流。ソウルフードお好み焼きを本場で食す。


by soukou-suzuki | 2010-08-12 00:20 | 漂泊の人 | Trackback | Comments(0)
ecoタウン広島をサイクリングで















by soukou-suzuki | 2010-08-12 00:00 | 漂泊の人 | Trackback | Comments(0)
干潮の鳥居にて

さくさくさく。
海藻の乾いた若草色を踏んで浜を進む音…。

じゃく、じゃく、じゃく。
まだたっぷり海水を含んでいるわかめ色の海藻を踏んで歩く音…。

やがて子供たちの歓声。
「ザリガニだよー!」
「ここは取っちゃだめよ!」
「なんでー?」

厳島神社の朱の鳥居の少し外側に、干潮になるとあらわれる低い柵と表示がある。
ここから内側は神社で神域だから、魚をとってはいけないのだと書いてある。
ごめんね子供たち。ケチで取るなと言っているのではないんだって。

ぱっと見た目には、ある日、地球上に線を引いて、「こっからこっちは俺のもんだ」と言った人間に似ている。でも意味合いが違う。「俺のものだから取るな」ではなく、「誰のものでもない、神様の領域だから、守るべきだ」なんだけど、ね。
土地の境界線も、土地の持ち主の「在り様(ありよう)」によってはこれと同じ意味になるのかもね。
あー、気をつけよう。
by soukou-suzuki | 2010-08-10 20:05 | 漂泊の人 | Trackback | Comments(0)
原爆資料館前

昨日の献花も折鶴も、鮮やかなまま残されている。
ヒロシマの思いが今も営々と生きていることを感じる。
噴水が、途絶えたと思うと息を吹き返し、懇親の力で青空に吹き上がるように。
蝉時雨も、ぱたりと止んだかと思うと一斉に地鳴りのように共鳴する。
この世は生きている。
自転車のペダルを踏み込む。地面を、地球を足元に感じる。
じりじりと皮膚に焼け付く太陽。
生きている、そう感じる。

もとい、「生かされている!」と強く感じる。

何にだろう。何のためにだろう。
私は生きているだけ?誰かを、何かを生かす力にならなくていいのだろうか。
どこかで、誰かの生きる力に、なっているのだろうか。

by soukou-suzuki | 2010-08-10 19:04 | 漂泊の人 | Trackback | Comments(0)