2010年 10月 31日 ( 1 )

三喜会

c0049825_13563984.jpg

高輪台の畠山記念館に「三喜会」の茶会に母とお呼ばれしています。
雨かとばかり思っていたのに思いがけず茶会日和、これはきっと主宰の「三木陶さん日和」ですね。新橋の三木陶さんという茶道具商のご主人のお招きです。ご主人やお席主の人徳でしょう。今日は嵐は遠慮して過ぎ去り、茶会日和となりました。昨日の準備はさぞかし大変だったと思います。

寒くも暑くもなく、晴れすぎず落ち着いた大人日和です。

翠庵 薄茶席 表千家不白 柳乃(ニンベンのつく乃)会
名月軒 薄茶麗沢棚席 第日本茶道学会 木村娥樵
沙那庵 薄茶席 表千家 鈴木宗康
毘沙門堂 濃茶席 近代茶道 後閑宗富
浄楽亭 濃茶席 裏千家 江口宗妙


茶会はとても盛会なのに、ロケーションでしょうか、不思議に静かで、清らかで、でもしっかり和やかで、とても豊かな時間を過ごしました。

畠山記念館は私の茶歴においても特別な場所です…。

18年前の、この「三喜会」で、松浦(母の)社中が明月軒で釜をかけました。
社中の稽古場の仲間と一緒に、私もお茶会でのお点前のデビュー戦でした。

頃は11月…、炉を開いて間もなくの時期で、たぶん、ふすまの開け閉めがまだもどかしく感じるころだったかもしれません。
振り返り様に、サハリの建水から(全員が一度は)柄杓を滑らせました。(汗)
懐かしいエピソードです。

そこから社中の仲間との結束ができていったと思います。あれは一里塚というより、スタート地点でした。あのときドキドキの点前を披露した仲間は、茶名を拝受し、真の茶事を相伴し、亭主を務めるようになり、青年部の部長のバトンをリレーしたり全国大会に一緒に参加したり、準教授となり、中にはゼミの同期として今も一緒にドキドキしているメンバーもいます。(笑)

その懐かしい思い出の畠山記念館なのですが、普段はそう再々訪れることがありませんでした。18年前から、訪れたのは数えるほどです。

今日、母と二人で畠山の門構えを見たとき、フラッシュバックするものがたくさんありました。ああ、あのときの道はここへもつながっていたのか、と符号することが自分の中にたくさんありました。まさか18年も経っていたなんて…「え?嘘。」というほどです。

石垣、白塀、丸に二文字の紋どころ…。
この門の前で、集合写真を撮ったのを覚えています。でも、茶会でのあの緊張感や冷や汗より、さらに強く思い出すことを強いる景色です。

その茶会では、茶席の外案内をはりきっていた父が、そのほんのひと月後、いきなり他界しました。
心臓ですから、いきなり、です。ほんの7分です。
7分です。そばにいても何もできません。

その後、一番最近、改まって撮影した写真だということで、畠山の門の前で撮った写真が、父の遺影として使われました。写真を見るたび、切り取られたはずの遺影の「背景」がよみがえります。秋の夕暮のほの暗さと、紋どころと、背後の樹木と…。

そんなことを考え、ふと、梢の上のほうで見守っていそうな「天狗似」の父へ思いをはせました。久しぶりだったかもしれません。(ごめんね)

不思議と、茶会の頃を思い出しても、父の死に連なる悲しみや辛さはありませんでした。
その自分の反応の穏やかさに、ここでもまた、時間が経ったのだなと実感しました。

茶事や茶会は、そこに紐づく喜怒哀楽を引き出します。
あのころの私にとって、お茶の日は、それだけでハレの日でした。いまは自分の茶の湯には喜怒哀楽のすべてが溶け込んでいます。

悲喜こもごも…、自分にわいてくるすべてを、茶の湯に混ぜて、味わい深く生きていきたいと思うようになりました。それでも、こもごもを溶かしてもなお、苦くないお茶を点てようと思います。
そんなことを思った日でした。
by soukou-suzuki | 2010-10-31 13:56 | Hikari NOW!