宮内庁雅楽

10月の日曜日。
再び皇居へお散歩。竹橋から北桔橋門(きたはねばしもん)を入り、大奥跡の隣に、宮内庁式部職の雅楽ホールがある。
午後の陽射しは、人の目に真っ直ぐ入り込み、見る物全てのコントラストをはっきりさせる。必要以上に白黒はっきりさせてしまう。何か特別大事なメッセージがそこに潜んでいるとでもいいたげに。
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雅楽の様子は写真でお伝えできませんが、天上から流れる簫(しょう)や篳篥(ひちりき)笛、太鼓の音色とリズムは耳を介さず直接わたしの魂を撫でて行きます。
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四人が方陣に踊るのを見ていて、気づけば特定の人に注目しています。前列に年配のベテランらしき人、後列に見目麗しい若手(美形)。しかし目は前列のベテランに釘づけになります。着物の袖をつまみ、両の腕(かいな)を水平に広げるとき、ベテランの着物の袖は、一筋の影もできないほどピンと張っています。一瞬一瞬の姿が、隙のない仕立てです。
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西暦900年頃にできた踊りをここで見られるということは、今目の前に、1300年前が見えているということです。
衣装の原色が、音楽と混ざり合って形を変えながら私を覆い尽くすような錯覚を覚えます。呪術にかかったように意識が朦朧とします。これは極度の酸欠なのです。
数百名が、小さな椅子をくっつけ合い、「聴衆」という一つの巨大な怪物になり、じっと固唾を飲んで舞台上の踊り手を目と耳で咀嚼しているのです。その妖気を払うように、泰然自若と奏で踊る式部職。
舞楽の表現に、魔を祓い国の泰平を祈る「念」が込められていることを身体で感じました。
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人いきれと酸素不足で痛む頭を、端正な芝生の上でしばらく癒す。深呼吸って、身体の中が綺麗になる感じ。
マメに刈られる皇居の芝は、直接座るとチクチクしますが、潤いをたっぷり含んでペルシャ絨緞のようにひんやりします。
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北の丸公園を抜けて九段下へ出る途中、公園の水辺で、お笑いの練習に張り声を上げる若者2名を発見。
「どーもー!」
「それにしてもですねー!」
何度も何度も、対岸を聴取に見立てたお稽古が続きます。後方に置き去りにされた荷物が人ごとながらちょっぴり心配…。荷物はなくなっても夢は失くさないでね!(^^)
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今回はお稽古場の関係者から頂いた券でした。S氏と仲良しの2人で拝聴させていただくことに決定。
その方の存在によって、私にとっては感覚的に、「緑地」や「公園」だった皇居が、「お住まい」であるという感覚が色濃くなって参りました。お人との縁は、いろんなことへの感度や周波数も変えてくれます。
前回雅楽を聴きに来たのは2年前かしら・・・。まったく、このペースで時間が経ってしまうなら、雅楽が千年以上も昔の曲と踊りを守り続けて今があるのも少し納得できるというもの。
「あっ」という間を、数百回も繰り返せば、千年くらいすぐに経ってしまうのですね。

悠久の雅に浸る好日でした。ああ、外で聴きたい。
by soukou-suzuki | 2011-10-27 18:40 | ザッツ★エンターテイメント!
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